【相撲】時津風部屋の力士を聴取
【相撲】時津風部屋の力士を聴取
時津風部屋の時太山、本名斉藤俊さん(当時17歳)が稽古後に死亡した問題で、時津風部屋の兄弟子力士達に武蔵川事業部長と伊勢ノ海生活指導部長が事情聴取を行った模様。事情聴取中は、時津風親方は外出し、時津風親方不在の中で行われた様子。一体どうなってしまうのやら。朝青龍の話題はこの話題の影にすっかり隠れましたね。あと花田勝さんの離婚発表も今しかないといったタイミングですね。しかし相撲協会にとっては今年災難続きですね。これを機会に隠蔽体質を改善してより魅力的な相撲業界にしてもらいたいものです。
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◇時津風部屋の力士を聴取 相撲協会
大相撲の時津風部屋の序ノ口力士、時太山(本名斉藤俊さん)が稽古後に死亡した問題で、日本相撲協会の武蔵川事業部長(元横綱三重ノ海)と伊勢ノ海生活指導部長(元関脇藤ノ川)は3日、東京都墨田区の時津風部屋で、斉藤さんへの暴行にかかわったとされる兄弟子らから事情聴取を行った。結果は4日に北の湖理事長(元横綱北の湖)へ報告される。
相撲協会は1日に時津風親方(元小結双津竜、本名山本順一さん)からも事情聴取。北の湖理事長は「師匠だけでは一方的になってしまう。全体的な部分を把握しておかないといけない」と話し、力士に対する処分については「状況によっては考える」と述べた。
(スポニチより引用)
■時津風部屋
時津風部屋(ときつかぜべや)は、大相撲の相撲部屋の一つ。霜鳳、時津海、時天空などの東京農業大学出身の幕内経験力士が多数を占めている。
昭和17年、当時まだ現役の横綱双葉山定次により双葉山相撲道場として設立される。この際に元大関鏡岩善四郎の粂川親方が部屋をそっくり譲り他の部屋も多くが傘下に入った。双葉山の引退後年寄時津風の襲名とともに時津風部屋と改名し粂川部屋から譲り受けた鏡里喜代治が横綱に、現役時代からの弟子大内山平吉が大関になった。後に北葉山英俊、豊山勝男といった大関も育てた。
昭和43年、双葉山の死後元鏡里の立田川親方が一時的に時津風を襲名するが後継者に豊山を指名していたとの遺言の存在が明らかになり、鏡里は立田川に戻り立田山(大内山)などの親方だけを連れ弟子を1人も連れずに独立し昭和46年に立田川部屋を興した。
豊山勝男の継承後、関脇蔵間竜也、小結豊山広光・大潮憲司・双津竜順一・大豊昌央・霜鳥典雄、平幕時津洋宏典・蒼樹山秀樹・時津海正博などの幕内力士を輩出している。
豊山の時津風定年後は、元小結の双津竜が部屋を継承している。弟子に「時(津)」や「豊」、「双」を含む四股名をつけることが多い。
先代の母校である東京農業大学相撲部は時津風部屋でも稽古を行うことがあるため、卒業後角界入りする者はほとんどと言って良い程、時津風部屋に入門している。実際に豊ノ島以外の現役3関取は東京農大の出身である。
現在でも右横書きで書かれた双葉山相撲道場の看板がかかげられている。
2007年、以下の序ノ口力士集団暴行致死事件を発生させ、時津風親方立件へと前代未聞の事態となっている。
(Wikipediaより引用)
