朝青龍がモンゴルでサッカー【引退!?】
朝青龍がモンゴルでサッカー【引退!?】
■サッカーと朝青龍
腰の疲労骨折により夏巡業の休場が決定している朝青龍が、帰国先のモンゴルで、元サッカー日本代表の中田英寿とサッカーをしていた問題で、横綱朝青龍(26)に対する処分が決定した。

この日、日本相撲協会は1日の緊急理事会で、秋場所と九州場所の2場所の出場停止と九州場所千秋楽までの謹慎、4カ月間30%の減俸処分を決めた。2場所出場停止処分は史上初。年内の本場所から追放される横綱朝青龍の完全復活は至難で、引退危機にさらされる厳罰となった。
相撲関係者の話によると前代未聞の厳しい処分だという。
■朝青龍のコメント
処分が下されるこの日、都内の自宅で判決を待っていた朝青龍は、師匠の高砂親方(元大関朝潮)から電話で処分内容を知らされると、「真摯に受け止めて、治療しながら2場所後(の来年初場所)に備えたい。(けがの回復が)間に合えば、12月の冬巡業に(参加できるよう)準備したい」とコメントしたそうだ。
■朝青龍モンゴルでサッカー問題についての緊急理事会を開いた相撲協会は
「全治6週間」の診断書を提出して夏巡業(8月3~20日)をすっぽかし、帰国したモンゴルで元サッカー日本代表の中田英寿氏らと元気にボールを蹴るという軽率な行動に下される処分は・・・。緊急招集された理事会は、紛糾したという。
午後1時に北の湖理事長(元横綱)以下、16人の理事、監事、役員待遇委員が集まり、理事会を開始。まず理事長が各理事に意見を求めたという。当初は出場停止1場所という線で進んでいたが、数人の理事から「もっと厳しくてもいいのでは」という声があがり、再協議。同25分に満場一致で処分を決めた。
伊勢ノ海理事(元関脇藤ノ川)によると「模範であるべき横綱がこういう行動をするのは出場停止に値する」との事。
その後、会議室の外に控えていた高砂親方を部屋に呼び、処分内容を通告。同35分に会議は終了した。朝青龍には2時前に伝えられたが、同親方によると「精神的に不安定な部分はあるが、淡々としていた」という。
2場所出場停止とともに、8月1日から11月25日までの長期謹慎も決まった。伊勢ノ海理事は「特別な理由がない限り、高砂部屋、病院、自宅で謹慎させる」とした。11月の九州場所には部屋帯同で福岡入りを許されるが、モンゴルへの帰国は禁止された。
8月の夏巡業、9月の秋場所、10月の秋巡業、そして九州場所にも参加できない朝青龍の公式行事復帰は、12月の冬巡業(台湾など)となる。普段からけいこ不足を指摘される横綱が、本場所と巡業への参加を断たれれば、心技体の低下は免れない。北の湖理事長は「休んだら、筋肉を取り戻すのに1、2カ月かかる。盛り返すにはよほど努力しなければならない」と、再起が容易ではないとの見方を示した。
最強横綱の力士生命に大きく影を落とす出場停止という厳罰。「本人はがっかりしたかもしれないが、気を取り直して(もう一度)雄姿を見せてほしい」と話した理事長の期待に応え、謹慎中に真摯に自己を節制できるか。名古屋場所で21回目の優勝を達成し、過去には史上初の7連覇、年間最多の84勝を記録した朝青龍が、一転して引退の危機も浮上する正念場を迎えた。
朝青龍といえば、平成15年夏場所に旭鷲山に敗れた際、土俵上でさがりを振り回した。同名古屋場所ではまげをつかんで反則負けとなり、旭鷲山の車のサイドミラーを破壊。同場所中には風呂場で乱闘寸前にもなった旭鷲山との因縁による事件。
平成15年7月にモンゴルから日本に戻った際、まげを結わずに後ろに結んだだけのポニーテール姿で現れたポニーテール事件。
平成15年12月に許可なく帰国し、先代高砂親方の葬儀を欠席。年明けのけいこ始めや綱打ちにも現れなかった無断モンゴル帰国事件。
平成16年7月に、泥酔した勢いで都内の高砂部屋の玄関を破壊。パトカーが出動する騒ぎとなった部屋破壊事件。
昨年夏場所中、支度部屋でモンゴル巡業実現のための署名活動をし、場所後に理事長から厳重注意された署名活動事件。
今年夏場所前、時津風部屋へ出げいこし、豊ノ島が力を抜いた時にプロレスもどきの技をかけて病院送りにした豊ノ島関病院送り荒稽古事件。
このように朝青龍はこれまでも数々の問題を起こしてきたが、その都度反省のコメントをし、その心構えは成長してきたかに見えていたのに本当に残念である。
■朝青龍プロフィール
朝青龍明徳(あさしょうりゅう・あきのり)
本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ。1980(昭和55)年9月27日、モンゴル・ウランバートル出身、26歳。高砂部屋。高知・明徳義塾高へ相撲留学し、平成11年初場所初土俵。15年初場所後に横綱昇進。優勝21回、殊勲賞3回、敢闘賞3回。得意は突き、押し、左四つ、寄り、上手投げ。1メートル84、148キロ。
